大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)363号 判決

上告人

喜界島酒造株式会社

右代表者代表取締役

上園田幸雄

右訴訟代理人弁護士

小寺一矢

小濱意三

河東宗文

松木信行

木村政綱

中原俊明

亀井英樹

被上告人

京都中央信用金庫

右代表者代表理事

道端進

右訴訟代理人弁護士

浦井康

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人小寺一矢、同小濱意三の上告理由について

一  本件は、第一審判決別紙手形目録記載一ないし三の約束手形三通(以下「本件各手形」という。)の所持人である被上告人が、本件各手形の振出人である上告人に対し、手形金の支払を求めている事件である。原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、平成三年一〇月二四日、株式会社日吉商工(以下「日吉商工」という。)に対し、いずれも満期を同年一一月二二日、振出日欄及び受取人欄を白地とした本件各手形を振り出した。

2  上告人は、本件各手形を満期に決済することができず、その延期を求めるため、平成三年一一月二二日、日吉商工に対し、第一審判決別紙手形目録記載四ないし六の約束手形三通を振り出すとともに、延期分の利息を支払い、先に交付した本件各手形の返還を求めたが、日吉商工が「後で返す。」と言うので、その受戻しをしなかった。

3  日吉商工は、本件各手形の満期をいずれも平成四年六月二二日と変造した上、同三年一一月二五日、有限会社正木商店に対し、本件各手形を割引のため裏書譲渡した。

4  被上告人は、いずれも振出日が平成三年一一月二五日と補充された裏書の連続する本件各手形を所持している。

二  上告人は、本件各手形の振出日を白地のまま振り出したところ、満期が変造されるとともに、振出日が補充された結果、本件各手形は、変造前の満期として記載されている日が補充された振出日より前である不合理な手形となったもので、無効であると主張している。これに対して、原審は、右の事実関係の下において、手形が変造されたときは、振出人は変造前の文言に従って責任を負うところ、本件各手形の満期が変造され、振出日が補充された結果、本件各手形の変造前の満期は振出日より前になるけれども、本件各手形の変造前の満期である平成三年一一月二二日の翌日は祝日(勤労感謝の日)、その翌日は日曜日であって、本件各手形の変造前の満期による支払呈示期間は同月二六日までであるから、本件各手形の振出日である同月二五日の後にも変造前の満期による支払呈示期間内に支払呈示することが可能であり、そうであれば、本件各手形が不合理な権利関係を表章しているものとはいえず、本件各手形を無効とするいわれはないとして、被上告人の本件各手形金請求を棄却した第一審判決を取り消し、被上告人の請求を全部認容すべきものと判断した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

手形要件は、基本手形の成立要件として手形行為の内容を成すものであるところ、手形の文言証券としての性質上、手形要件の成否ないし適式性については、手形上の記載のみによって判断すべきものであり、その結果手形要件の記載がそれ自体として不能なものであるかあるいは各手形要件相互の関係において矛盾するものであることが明白な場合には、そのような手形は無効であると解するのが相当である。そして、確定日払の約束手形における振出日についても、これを手形要件と解すべきものである以上(最高裁昭和三九年(オ)第九六〇号同四一年一〇月一三日第一小法廷判決・民集二〇巻八号一六三二頁参照)、満期の日として振出日より前の日が記載されている確定日払の約束手形は、手形要件の記載が相互に矛盾するものとして無効であると解すべきである。これを本件についてみるに、本件各手形は、満期が変造され、振出日が補充された結果、変造前の満期が振出日より前の日となるものであるから、たとえ補充された振出日を基準として変造前の満期による支払呈示期間内に支払呈示することが可能であったとしても、変造前の文言に従って責任を負うべき振出人である上告人との関係においては、無効というべきである。

四  そうすると、本件各手形を有効とした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に述べたところかすれば、本件各手形金の支払を求める被上告人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は結論において正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄)

上告代理人小寺一矢、同小濱意三の上告理由

第一 原判決は法令解釈を誤った不法がある。

一 原判決は、本件各手形の満期が変造され、振出日が平成三年一一月二五日と補充された結果、本件各手形の変造前の満期(平成三年一一月二二日)は振出日よりも前になると正当に認定しながら、その理由第四項3において「満期が振出日より前の手形であっても、振出日が支払呈示期間の末日以前であれば、支払呈示期間内の支払呈示が可能であり、表示されている手形要件が不合理な権利関係を表象しているものとはいえない。」とし、本件各手形についても不合理な権利関係を表象しているものではないから、本件各手形を無効とするいわれはない、と判示する。

然しながら、右原判決は手形の満期日が振出日よりも前である手形の効力に関する手形法第七五条三号、七六条一項の解釈につき重大な誤りを犯し、従来の判例にも反するものと言わざるをえない。

二1 約束手形は「一定の金額を支払うべき旨の単純なる約束」(手形法第七五条二号)をその本質とするものである。そうである以上、約束手形の手形要件もかかる本質と整合した内容でなければならないのは当然であって、「約束」の本旨と矛盾する手形要件を備えた約束手形はそれだけで当然に無効とされるべきである。

約束手形における振出日と満期日の関係についても、約束の意味に照らせば、必ず満期日は振出日以後となる関係になければならないのであって、満期日が振出日に先行することは約束手形の本質に反するものに他ならない。

したがって、満期日が振出日よりも前である本件手形は、その振出日と支払呈示期間の関係を問うまでもなく、当然に無効とするのが、手形法第七五条三号、七六条一項の解釈である。

2 昭和九年七月三日大審院判決(法学三巻一四六六頁)も「満期日ハ手形ノ呈示支払等ニ付不能ノ日タル可カラサルヤ勿論ニシテ其ノ性質上振出以後ナルヲ要スル所右訂正前ノ手形ハ此ノ適性ナル満期日ノ記載ヲ欠キ…(中略)…故ニ右手形ノ訂正前ニ於イテ之ヲ提示シテ支払ヲ求ムルモ手形トシテ其ノ効力ヲ生セス」と判示する。

因みに右大審院判決は、東京控判昭和八年六月二七日(法律新聞三五八五号一二頁)において(但し、これは確定日払手形の満期日と振出日とが同日と記載されていた事案である。)、「手形金ノ支払ハ必スシモ満期日ニ為サルヘキモノタルニ限ラス所持人ニ於テモ必ス満期日ニ手形ヲ提示シテ其支払ヲ求ムルコトヲ要スルモノニ非スシテ其後二日内ニ手形ヲ呈示スルニヨリ完全ニ手形上ノ権利ヲ保有シ得へク又右期間内ニ手形ヲ呈示スルコトナクトモ其主債務者ニ対スル手形金ノ請求権ハ直チニ消滅スヘキモノニ非サルヲ以テ偶々満期日及其後二日間内ニ手形ヲ呈示スルコト事実上不可能ニシテ従ツテ償還請求権ノ保全ヲ為スニ由ナキ場合アリトスルモ之カ為該手形ノ振出行為ヲ全然無効ナラシムヘキ謂ハレナシ」と判示された後の判決である。右東京控判の論旨は、原判決の理由第四項2「振出日は、現実に手形を振り出した日を記載することが要求されていないから、満期が振出日より前の手形であっても、現実に振り出された日が満期及びこれに次ぐ二取引日以前であれば、手形の所持人は支払呈示期間内に支払呈示をすることができること」及び「支払呈示期間内に支払呈示ができなくても、支払呈示期間後に主たる債務者に対し手形上の権利を行使できること」と同旨であり、これに従えば、振出日前の満期の記載は、振出日より二日前以内ないし三年前以内である限り、必ずしも手形を無効としないと考えられるところである。

しかしながら右大審院判決は、満期日が呈示支払について不能の日であってはならないことは当然として右東京控判論旨に言及したうえで、「其ノ性質上」満期日は振出以後であることを要するとしたものである。かかる文脈及び「其ノ性質上」との表現からすれば、右大審院判決が右東京控判の論旨を容れず、たとえ満期日が支払呈示ないし支払について可能な日であっても、満期日が振出日より前であれば当該手形を当然に無効とする旨を判示したことは明らかである。

三 したがって、本件各手形は、変造前の文言に従うかぎり満期日が振出日の前になる手形であるから、無効とされるべきものである。

ところが原判決は冒頭摘示のとおり、手形法の解釈を誤っており、到底その破棄を免れない。

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